JWOC2005&O−Ringen
Hikaru Ueno
もうJWOCにいってから、一ヶ月半くらい経つのですが、
海外と日本の違いみたいなのをお伝えできればいいなと思います。
今年の7月にJWOC2005 inスイスにいってきました。
最初、トレーニングキャンプはベリンツォーナという所だったのですが、
すごく綺麗なヨーロッパの町って感じでした。しかし、宿泊所はなんと地下シェルター!
ベッドも三段で、起き上がると頭をぶつけて、割と痛い。
確か右隣の部屋?はスペイン、その隣はアメリカで、左はハンガリーでした。
ここで、国別に特徴をあげていきたいと思います。
スペイン‥陽気でマイペース。日本チームのイスを勝手にどんどんパクっていく。
JWOCでトップクラスに女の子がかわくて、色っぽい。
アメリカ‥初め、日本チームにイスをもってきてくれた、やさしい女の子がいる。
机の上にSE○ in Outdoor という本が堂々と置いてあった。
長縄がゲームでイタズラされ股間が濡れ濡れになっていた。アフロがいる。
ハンガリー‥あまり交流してない。ただいつもパンツ一丁で寝てた印象が強い。
もちろんそのまま起き上がって行動する。
シャワー室‥8個くらいシャワーが並んでいる。
もちろん仕切られてなく、裸のコミュニケーションとなる。
ドアにはたいていALL WELCOME(つまり男でも女でも入ってきていいよってこと)の張り紙が張ってあった。
しかし、スペインの女の子と遭遇するという甘い事件はなかった。残念!
ちなみに日本女子のときだけ NOW GIRLs の張り紙だった。
スプリントはこの町で開かれた。世界遺産の城を中心とタウンーOである。そして会場設営はスイス軍。
国をあげてバックアップしている。もうスイス最高だ!こんな環境がうらやましい!
スプリントが始まる前に、お城で日本チームをのんびりすごした、まぁ早く着きすぎただけだけど。
それにしても平和だった、またあそこでぐだぐだしたい。
外人のオリエンをみて思ったことは、速い!!あのキレのあるスピードにはホレボレしました。
圧倒的なフィジカルの差を感じました。ホント器がでかかったです。
日本では、ミスをしなければ勝てる、とか走れなくても知力と技術で勝てる、
とか聞きますけど(まぁ実際、日本はヘタレだから勝てる)、そんな器の小さいこといってないで、
小手先なテクよりフィジカルを鍛えなければ、いつまでたっても日本は世界に通用しない、
井の中の蛙だと思いました。
スプリント後、シモーネとシュナイダーと写真とってもらいました。
やっぱり世界チャンプはかっこいいです。憧れの的ですね。
んでもって、その後パレードがあったんですが、結構短くてちょっとがっかりしました。
終点で立食パーテイがあって、お菓子やジュースがおいしかったです。
JWOC本戦の宿舎はテネロという所で、大きなスポーツセンターの建物でした。
綺麗で清潔、シンプルかつちょっとオシャレで自分的には大満足でした。
ご飯(主にイタリア料理)もおいしくて毎日お腹いっぱいに食べてました。
ぷよって日本帰ったらどうしようと心配でした。
開会式はこのとなりの建物で行われました。
オープニングでは、ちいさな子がオリエンテーリング(の演技)をしながら会場に入ってくるという、
もうかわいくて、なかなかにくい演出でした。その後の演出も素敵で、
ただスイスは多言語国家なので、司会が二人いて、(今思えば片方はただの通訳だったのかな?)
そのやり取りがあんまりスムーズじゃなくて大変そうでした。
モデルイベントは各国いろいろな方法でこなしてました。
普通に走る人もあれば、グループでランオブしてるとことか。
そういえば、ここで初めて海外女子選手のテクい着替えを見た。ちょっとドキドキ。
でも、外で下着まで着替えるなんてすげぇなーと思いました。
移動方法‥これから先、JWOC期間中の移動はスイス軍の軍用バスだ。
壁はビニールで取り外し可能。閉めているとかなり暑いが、取り外すと風がすごい勢いで入ってきて、
なんか気持ちいいを通り越して、うざいくらいの強風だった。エンジンの近くはやけどしそうなくらい熱い。
ミドル予選のレースについてはもうひとつの報告書を読んでください。書くのめんどいんで。
特徴的なことを書きます。JWOCで驚いたことのひとつに、
ウォームアップ用のマップが各レースごとに用意されています。
すごいですね、親切やわ〜と法さんと感心してました。
この日くらいまで日記を書いていたのですが、もうめんどくなってたのでやめました。
最後の日記はけっこう苛立っていたみたいで、ミドル予選で惨敗したのに、
その日の夕方に、はしゃぎまくっていた、○井さん、諸○、宇○にキレかかってました。
でも、今でもあれは駄目だと思います。少なくとも僕は世界のレースで勝つために、
スイスにいったわけで、レースに出走してただ帰ってくるためではないので。まぁ人それぞれです。
ミドル本戦‥もうひとつのほうを読んでくださいませ。
ロング‥岩というか岩壁。なんじゃこりゃという岩の上を走る。
レスト日‥高い所いってきた。
リレー‥アナザーワールドにいってきた。ニュージーランドのサイモン選手がパンツ一丁で走っていた。
ちなみにサイモンはよく日本チームのみ○るちゃんをからかって遊んでいた。
そしてみ○るちゃんは日本語が通じないことをいいことに「キモい!あっちいって!」と連呼してた。
まぁ微笑ましい様子でした。
リレー後、ユニホーム交換した。ゴール直後でくらくらしてたときを狙われた。
へぼいトリムと交換してしまった。来年のJWOCerさんへ、気をつけてください。
日本ウィンブレも交換しようとテントを探すがオレのがない!
なんで?と思い、周りに聞いてみる。どうやら誰かが間違えて交換してしまったらしい。
サイズがSになって、他の人の名前つきで返ってきた。なんだかなぁ。
なくなった人もいたからまだマシかな、来年のJWOCerへ、本当気をつけてね、油断するとヤラレルヨ。
バンケット‥甚平を着て出陣。諸○と○井さんも甚平だ、
この二人は柄まで一緒だった、かぶらなくてラッキー。日本女子は浴衣だった、けっこう海外からも人気。
他の国も民族衣装や服装をそろえてきていた。やっぱりスペインがかわいい。
ドイツの女の子とも写真とってもらった、かがまれていた、ガビーン。
しかし、本当ヨーロピアンは最高である、スタイルが日本とはちがう、足ながい。
あっ、でもお腹まわりがぷよっている人が日本に比べて多かった気がする。残念!
ぼくはポジショニングがよかったので、酒にまみれることはなかった。長○と○井さんはけっこう飲んでいた。
踊ったり、追いかけられていた。
まぁこんぐらいで、詳しい話を聞きたい人は、本人の許可を得たのち、僕の所に来てください。ためらわず話しますよ。
次の日はO−Ringenに向けての移動日、朝早くから出発だ。
ここで花木さんと宇野君と橋本先生とお別れだ。お世話になりました。
移動に関して言えば、スウェーデンでえらいことになった。日曜だから宿まで電車がなくて、いけない。
マジで途方にくれた。僕は野宿でもよかったのだが、いろいろ問題があるのでどうにかしなくちゃならなかった。
でも、めんどいので動かない!ふん!
ここで、大井さんが親切そうなおじいさんを連れてきた。どうやら宿のある町まで自家用バスで連れてってくれるらしい。
大井さん、グッジョブ!
おじいさん、ありがとう!と本気で思った。だってスウェーデン寒いんだもん。
しかし、まだまだ問題がある。宿の場所がわからない。どうすんだ?と思いつつも何もしないのが、僕と長縄です。
長縄もです、僕だけじゃないです。町に入ると、どこで降ろしてもらうかみんなで困っていた。
ここでまたしても、大井さんグッジョブ!
偶然にも東大OLKの人を見つける。宿まで連れってもらう、やったぜ!
O−Ringen
会場までは観光バスで移動。寝不足だったので、ぐっすり。
会場に着くと、人がわんさかいてビックリ!いろんなクラブチームがいて、
よぼよぼのおじいさんから、よちよちの坊やまでいた。
すげえ、オリエンってこんなメジャーなスポーツだったんだぁ、と感動してた。そして噂で聞いていたあのゴールレーン。
もういっぱいある、むしろありすぎ。5〜7本くらいあって、ラスポゴールが楽しみでうずうずしていた。
初日レース‥JWOCのプレッシャーから解放され、ほんとう楽に走りました。
来年のJWOCerへ、ぜひオーリンゲン参加してください。ぶっちゃけ、JWOCよりオーリンゲンの方がマジ楽しいですよ。
出走前にアクティベートしていたら、役員が近づいてきた。ちょっとびびりながら立っていたら、
なんとトリムに開いていた穴をテーピングで塞いでくれたのである。うおー、なんて親切なんだ、オーリンゲン。
レーススタートして、地図を見る。青い。そして微地形。話には聞いていたが、湿地ばっかりである。
そして@ポまでがいきなり湿地ぎりだった。どんな感じかというと、湿って水分の多い地面です、
でも日本の湿地とは違い、下草がいっぱい生えていて、コケもいっぱいでした。
走るとグチャグチャと足が沈みます。ところどころに、直径30cmくらい深さ40cmくらいの穴があって、
走っているとハマリます、そしてコケます、ぐちゃ。
レース内容は何箇所かトビ、ところどころマジメにがんばった!って感じです。
レースの内容を聞きたい方、地図を見ながら話しましょう!じゃないと思い出せません。
後半になると、人が湧くように出てきて、ラス前から、ファシュタの@ポAポみたいになります。
ラスポはスゴイです。なにがスゴイって、よくわからないところにあります。
芝生の丘のなにもないところにあります。フラッグもありません。そしてそこにうじゃーって人が群がっていきます。
本当群がるんですよ、群ら群らうじゃ〜って感じで。そのおかげで一目瞭然ですが。
ユニットは6個くらい用意されています。そしてダッシュするのですが、僕は走るべきレーンを間違えて爆走してました。
そのとき長縄の「うえの〜、レーンちがう!」という声がかすかに聞こえました。
なんか脱力してゴールユニット目前でどのレーンのゴールユニットを押せばよいかパニック状態でした。
そしたら大井さんがきて教えてくれました。おかげでラスポゴールは最下位でした、ガビーン。
二日目‥イジケル。
だって微地形じゃないんだもん。スウェーデンなのに‥。
1ポでぶっとんで、2ポでDヤブにつかまる。そのあともぶっ飛びつづけDヤブにつかまり、本当いじける。
しまいにはDヤブの中で体育座りして、「なにやってるんだろう、めんどいなぁー」といじけていた。
でも順位は最下位じゃない。ぺなった奴がいるから。ヤッタぜ、イェイ!
ラスポはがんばった、そこそこいい順位だった気がする。
三日目‥外人とチェーシングした。その外人は、実は「Where is here?」と聞いた外人だった。
初めて外人に尋ねた。それには理由がある、だってコンパスの針がくるくる回っていたんだもん。
コンパスがイカレルってこういうことかぁと感心しつつも、マジで困った。
どうやら、後で聞いた話によると、プログラムにコンパスが使えない地区があるとのことだった‥
知るか!そんなん!英語なんて読んでられねーつうの!
この日からラスポゴールの限界を感じる。本気で走れば100mは相当自信があった。
でも自分より足の速い奴は世界にいっぱいいるのを見せ付けられた。
でもラスポゴールはがんばる、だって1秒でも負けたくないから。
四日目‥最終日。15秒間隔のスタート。でも、僕の前後はVACANTだったので、
あまり普段と変わらない。この日の湿地はすごかった、難しいし長い、なにより沈む、
ところにより臭い、糞臭い(なんか発酵してたみたいだ)。ジュポジュポジュッポ。
後半は道走りを爆走。ビュンビュン飛ばしてた。ラスポゴールは三位くらい。
宿と食事について…小学校で一教室のなかに何グループかが生活する。床が硬くて辛い。
僕は途中から小学校中央にある広い空間の長いすを合体させてベッドみたいにして寝てた。
食事は食パンとオレンジジュースと果物、ときどき鶏肉のオーブン焼きがついた。
あまりに食パンの味が単調だったので、みんなでジャムやバター、ポテトサラダ、チーズ、生ハムなどを交換しあって
パンパーティーを何度か開催していた。最後のほうでは、日本からもっていった日本食を食べてた。
まぁ僕はパンパーティーのほうが好きでしたけど。
移動日…デンマークの宿に泊まる。宿までめっちゃ重い荷物背負って、すっげー歩いた。正直アレはきつかった。
観光…ドイツ人はなんか怖い。でも城とか素敵だった、お泊りに行きたいと思った。
行くならイタリアがオススメ!ミラノファッションが刺激的。
ベルギーのグランドパレスはすげー!百聞は一見にしかずとはアレのこと。
オランダはいかがわしい、ホント終わっているところが多い。
コーヒーショップ(麻薬屋さん)と俗物がある通りは本当いかがわしいし、ちょっと怖い。イカ臭い町だった。
日本に帰国して最初に思ったこと…日本人ちっちゃい。
〜うめくさ〜
・ ミラノで宿までいくのに、タクシーに人数的に乗れなくて長縄と歩いていくはめになり、
二人してミラノの深夜をさまよった。事前にミラノの夜は危険と聞いていたので、怖かった。
でも実際はカップルが熱かった、ワァオ!キャッキャッ!
・ 外人さんは日本語が通じないので、すっごい楽しい。「この人、マジかわいい!」とか
「あの人、シャラポア。」と本人の前でいっても絶対ばれない。上○とも○きはエロ話を駅の人ごみの中でしてた。
「あの人、Tバ○クだよね〜」とか。
・ 観光では宿で寝てない。寝台列車で一泊、空港で二泊。
空港は当初は余裕だとおもったが、一回寝るとマジ危険なのがわかる。荷物盗まれても絶対気が付かないから。
・ 長縄が乗りたがっていたタリス(日本でいう新幹線みたいなの、ワインレッドのボディが特徴)に、
ちょっとした誤解で、乗れなかった。写真だけとった。そしたら鼻血でできて困った。
・ ベルギーのチョコレート博物館はクソだ。
・ 長縄はSE○博物館を探しに行ったが見つけられなかった。
・ 僕はゴッホ美術館に30分以上走っていったら、めちゃくちゃ混んでいて、出発時間が迫っていたため、
入場すらできず、30分以上走って帰った。そんなオランダ。
・ オーリンゲンの夜はUNOで盛り上がった。罰ゲームは油性ペンで顔や腕に落書き。
ぼくは顔にクルクルヒゲを書かれ、レースにそのまま出た。そんな夜の過ごし方。
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